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フォカッチャ──“影の立役者”が紡ぐ、イタリアの食卓の物語

イタリア食文化を支える“影の立役者

イタリア料理と聞いて思い浮かべるのは、華やかなパスタやピッツァだろうか。あるいはプロシュート、モッツァレッラ、ティラミス。どれもが主役級の華を持つスターたちだ。しかし、そんな名優たちの傍らで、静かに、だが確実に食卓を支えてきた存在がある。そう、フォカッチャである。

古代ローマから続くパンの原型

フォカッチャ(Focaccia)の語源は、ラテン語の「focus(炉)」に由来する。直訳すれば“炉で焼かれたもの”。その起源は古代ローマ時代にまで遡るとされており、現在のリグーリア地方を中心に、各地で独自の進化を遂げてきた。つまり、フォカッチャはイタリアン・ブレッドのルーツともいえる、パンの祖先的存在なのだ。

かつては小麦粉と水、塩、オリーブオイルという限られた素材のみで作られ、家庭の窯で焼かれていた。発酵時間も短く、日々の糧として親しまれ、祭礼の供物や農作業の合間のエネルギー源として重宝されていたという。

“脇役”であることの強さ

今日、レストランやトラットリアでフォカッチャが登場する場面といえば、たいていは食前に添えられるパンか、スープや煮込み料理と一緒に提供される付け合わせだ。華やかな演出もなければ、ソースがかかることもない。むしろ“何も乗っていないこと”こそがフォカッチャの本質だといっていい。

だが、それこそがフォカッチャの美学だ。余計なものをそぎ落とし、塩とオイル、そして生地の香りと噛みごたえで魅せるこのパンは、メインディッシュの風味を邪魔することなく、むしろ引き立てる。強くは語らずとも、存在感は消えない。イタリア料理の「間(ま)」を担う影の立役者としての凄みがそこにある。

リグーリア vs プーリア──地域ごとの個性

面白いのは、フォカッチャがイタリア全土にある“同じ名前の違う食べ物”である点だ。たとえばリグーリア州ジェノヴァでは、薄く焼かれた生地の表面に指でくぼみをつけ、たっぷりのオリーブオイルと粗塩をかけて焼く。このタイプはサクッと軽やかで、朝食代わりにカプチーノと合わせることもある。

一方、南部プーリア州のフォカッチャは厚みがあり、トマトやオリーブが練り込まれたり乗せられたりして、ピッツァに近い見た目と食べ応え。いわば“おやつ”や“軽食”としての位置づけに近い。

日本のレストランではその中間のようなスタイル──程よい厚みと柔らかな食感、そして表面の塩気とオイルの香ばしさ──が主流だろう。プラナバルカのフォカッチャもまた、この枠組みに則りながら、しっかりとした存在感と、どんな料理にも寄り添う優しさを併せ持っている。

知られざるトリビア

フォカッチャにはいくつか面白い“裏話”もある。例えば中世では、結婚式で新郎新婦がフォカッチャを裂いて互いに食べさせるという風習があったという。パンは“生命の糧”であり、二人の門出を象徴する神聖なものだった。

また、近年ではイタリアの空港や駅で“フォカッチャ・バー”なる専門店も増えており、具材をサンドした“フォカッチャ・パニーノ”が旅行者やビジネスマンの間で人気を博している。伝統と革新が共存するこの一品は、まだまだ進化を続けているのだ。

フォカッチャが教えてくれること

フォカッチャとは何か?と問われれば、単なる「パンの一種」と答えるのは少しもったいない。素材を活かすこと、過不足ない調和、そして目立たずとも確かに存在することの美しさ──それらが凝縮された、**イタリア料理の精神を体現する“哲学のようなパン”**だと言えるのではないだろうか。

次にプラナバルカでその一片を口にしたとき、ぜひ耳を澄ませてみてほしい。フォカッチャは語る。「私はここにいる。あなたのひとときを、そっと支えている」と。

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