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街角の青いタイル”が語る、イタリア建築美の意外な影響

プロローグ(はじめに)

イタリア建築と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
ローマのコロッセオ、フィレンツェの大聖堂、ヴェネツィアの運河沿いのパラッツォ。
そこにある色は、白く輝く大理石、ベージュの石壁、オレンジがかったテラコッタ屋根、そして陽射しに映える花々の赤やピンク——多くの人はそんな温かな色彩を思い浮かべるはずだ。

しかし、意外な色がそこに潜んでいる。
それは、深く澄み切ったコバルトブルー。海の底を思わせるその色は、時に建物の壁や床を覆い、陽光を受けて鮮やかにきらめく。
「えっ、イタリア建築で青いタイル?」——そう驚くのも無理はない。世界的に青いタイルといえば、ポルトガルのアズレージョやモロッコのゼリージュを思い浮かべる人が多い。しかし、地中海の中央に浮かぶこの国にも、長い歴史の中で育まれた“青い装飾文化”が確かに存在しているのだ。

その青は、ただ美しいだけではない。地中海の交易、技術の革新、そして人々の暮らしの中で受け継がれた美意識——そのすべてが詰まった結晶である。そして、その物語をたどると、意外なほど世界のあちこちに繋がっていく。


第1章:人を惹きつける“青”の魔力

青は、古来より特別な色とされてきた。空と海を象徴し、宗教画では聖母マリアの衣の色としても用いられた。
しかし、その色を建築に定着させることは容易ではなかった。青色顔料は自然界に少なく、アフガニスタン産のラピスラズリや、中東産のコバルト鉱石といった高価で希少な資源に頼るしかなかった。

ルネサンス期のイタリアでは、これらの顔料が地中海交易を通じてもたらされ、陶芸家やガラス職人がその色を作品に閉じ込める技術を磨いていった。タイルや陶板は、単なる建材ではなく、色彩を永遠に保つための“器”でもあったのだ。


第2章:マヨリカ焼と南イタリアの青

15世紀、南イタリア——特にナポリ、シチリア、アマルフィ海岸の町々では、“マヨリカ焼”と呼ばれる彩色陶器が盛んになった。白い釉薬を下地に、コバルトブルー、黄色、緑で描かれた幾何学模様や花のデザインは、太陽の下でいっそう鮮やかに輝いた。

青は、この地域の強い陽射しの中で特に映える色だった。
そして驚くべきことに、この美しいタイルは豪華な宮殿や教会だけでなく、庶民の生活空間——公共の洗い場「ラヴァトリーノ」や家庭の中庭、階段の蹴込み板などにも使われていた。イタリアでは、美は限られた階級のものではなく、日常の中に当たり前のように存在していたのだ。


第3章:ヴェネツィアの光とモザイクの融合

北のヴェネツィアでも、青の物語は別のかたちで進化していた。
サン・マルコ寺院の壮麗なモザイクには、金とともに深い青のガラス片が埋め込まれている。この青は、地中海交易によって運ばれた顔料を、ヴェネツィアン・グラスの高度な技術でガラスに封じ込めたものだ。

水都ヴェネツィアで生まれた青は、光と水を宿す。金色の背景の中で揺らめくその色は、単なる装飾ではなく、海の都の魂を映すようだった。やがて、このガラスモザイクの表現は陶板装飾へも影響を与え、イタリア各地の青いタイル文化をさらに豊かにしていく。


第4章:地中海を渡る“青”の旅

16世紀、地中海は文化と物資の大動脈だった。イタリアの青いタイル技術は、スペインやポルトガルへ伝わり、さらに大西洋を越えて南米やアフリカ北岸にも広がっていった。
特にスペイン・アンダルシア地方では、イタリアの技法がイスラム建築の幾何学模様と融合し、独特の装飾が生まれる。それがやがてポルトガルで花開き、アズレージョとして定着する。

つまり、リスボンの街を彩るあの青いタイルにも、その血筋のどこかにイタリアの青が流れているのだ。


第5章:日本への漂着

この青は、意外にも日本にもたどり着いている。江戸時代の南蛮貿易では、ヨーロッパの陶磁器やタイルが長崎・平戸に運ばれ、その中にはナポリやシチリアで作られたマヨリカ焼を模したものもあったという。
明治以降、輸入建材としての青タイルは、洋館や駅舎、ホテルの装飾に使われ、昭和初期の銭湯や喫茶店の壁にもその名残を見ることができる。

もしかすると、あなたの街の古い建物の中にも、この長い旅をしてきた“青の遺伝子”が隠れているかもしれない。


第6章:意外性こそ美の記憶

イタリア建築の代表的イメージは、白、ベージュ、赤茶——その中で青いタイルは異端とも言える存在だ。だが、だからこそ目を引き、記憶に残る。
異国情緒を漂わせつつも、イタリア的な曲線美や装飾性をしっかりと備えた青いタイルは、観る者に「これはどこの文化なのか?」という小さな疑問と驚きを残す。


エピローグ

次に街角で青いタイルを見つけたら——ぜひ立ち止まってほしい。それは、ただの建材ではなく、海を越え、大陸を渡り、時代を超えてやってきた“美の旅人”だ。
その青の奥には、アマルフィの海の輝き、ヴェネツィアの光の反射、職人たちの息遣いが封じ込められている。
そう思えた瞬間、何気ない日常の風景が、まるで美術館の展示品のように見えてくるだろう。


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